野菜のサイダーって……
地酒や地ビールに続くご当地ドリンクとして、ここ数年ブームになっている地サイダー。私もこれまで公私にわたり、数々の地サイダーを口にしてきた。いわゆるネタ的なものは賛否両論あるとして、シンプルなプレーンを筆頭に、みかん、柚子、レモン、梅などの王道フレーバー系は当然のように美味。その場所を訪れる度についついリピート買いしてしまう。
そんな流行を受けてか、奈良県にある帝塚山大学が、奈良で昔から生産されている野菜=大和野菜を使ったサイダーを作ったという。私は野菜もサイダーも、どちらも好きだ。だが、しかし、なぜその二つを一緒にしてしまったのか……。私はその異色コラボっぷりと、なんとなく想像される味わいに大いなる疑問と不安を抱きつつ、このサイダーの生みの親を訪ねた。
有名な京野菜と無名な大和野菜
出迎えてくれたのは、同大学現代生活学部食物栄養学科の稲熊隆博教授。早速開発の経緯を伺うと、のっけから飛び出したのは、大和野菜への愛あるダメ出しだった。
「私は長年、野菜の色素について研究していて、3年前に栃木県の研究所から本学へ移って来ました。そして大和野菜の存在を知ったのですが、全国的に有名な京都の京野菜に比べて、あまりにも無名だと思いまして。京野菜は、それを使った料理や商品がたくさんあり、お店でも家庭でも一年中食べられるシステムが確立されているため、広く流通しています。それに比べて大和野菜は、出荷販売される期間が短く、お店でも家庭でも出まわったら終わりでほとんど食べる機会が少ない。また、少数の農家が伝統を守るため生産しているだけなので、道の駅などごく限られた場所にしか出まわらない。普及のために努力をしても報われないというか、これじゃあは無名でも仕方がないですよね」
確かに、私も京野菜なら、和洋さまざまな料理やスイーツなど、何かしらの形でわりと口にする機会がある。しかし、大和野菜はぼんやりと聞いたことぐらいはあるものの、正直今まで見たことも食べたことも無い。レアと言えばそうなのかもしれないが、そもそもその存在自体が知られていなければ意味が無い。
「私は大和野菜の現状を知って、もっと大和野菜を身近なものにしたいと思いました。そして、大和野菜の研究を始めたのです」
聞けば、これは県や市、農家などに依頼されたわけではなく、稲熊教授が自発的に始めたことだという。にこやかに語るその裏に、奈良で野菜を研究する者としての、静かに熱い使命感のようなものを感じた。
(左)大和野菜の魅力と課題を語る稲熊教授 (右)サイダーづくりをサポートした稲熊教授ゼミの学生たち
大和野菜をブームに乗せて
では、大和野菜を前に、稲熊教授はどう出たのか。
「多くの人に大和野菜を知ってもらい、いろいろな形で楽しめるようにするにはどうしたら良いか。私は自分の専門分野である、大和野菜の色素に注目して考えました。全23種類ある野菜の中で、何か色を特徴として打ち出せる商材が無いか……。見比べた中で目に留まったのが『片平あかね』という、名前通り茜色の細長い蕪です」
カタヒラアカネ? やはり、申し訳ないが、聞いたことも見たことも無い。
「この茜色は使えるなと思い、まず『片平あかね』を使った料理として、炊き込みごはん、おすまし、つけものの3品を考案しました。これが、見た目も味も良いと好評で、次に飲み物を考えることになったのです。出回る期間も数量もかなり限定的な大和野菜ですが、飲み物に加工すれば一年中楽しめますし、見た目が悪いだけで廃棄となっていた野菜の新たな活用法にもなります。ちょうど本学が創立50周年の節目にあたるタイミングだったので、記念事業の一つとして取り組むことになりました」
その結果が例のサイダー?
「そうです。サイダーにしたのには2つの理由があります。まず、『片平あかね』は蕪なので、臭いがキツイんです。そのため、そのまま野菜ジュースとして出すにはツライものがありまして(笑)。少しでも飲みやすい形として、サイダーにすることにしました。それに、最近は全国各地で特産品を使った地サイダーが作られていますよね。大和野菜もそのブームに乗せれば、世間に広く知ってもらえるんじゃないかと思ったわけです」
なるほど。でも、蕪のサイダーって……。聞いた限りでは、違和感しか無い。
「もちろん、ただ炭酸水に『片平あかね』の野菜汁を入れただけでは、飲めたもんじゃありません。そこで、独特の臭みを消すために、爽やかな柑橘系の中でも特に臭い消し効果の高い、シークワーサーの果汁を加えました」
そしてできあがったサイダーはボトル缶に詰められ、帝塚山大学創立50周年関連のイベントやオープンキャンパスなどで、記念品として配られた。これが、2014年8月のことである。このサイダー、実際に飲ませてもらったのだが、見た目は鮮やかなワインレッドで、香りや飲んだ瞬間に感じる味わいは、正しくシークワーサー! 爽やかな風味で、やや酸味が強い。そして、甘味はほとんど無く、後に若干の苦みが残る。おそらくこれが「片平あかね」の残り香なのだろう。炭酸もけっこうきつめ。ちょっとクセのある、大人のための辛口サイダーといった印象だ。
(左)美しい茜色をした大和野菜「片平あかね」 (右)「片平あかね」の色素で色づけたサイダーは、驚くほど鮮やか
波に乗って商品化&第二弾開発!
「片平あかね」を使ったサイダーの誕生後、事態はさらに進展する。
「ボトル缶入りサイダーが好評だったため、今度は茜色の見た目も楽しめるよう瓶入りにして、記念品ではなく商品として売り出そうという話になりました。と同時に、第二弾の開発にも着手したのです」
まさかの第二弾! その原料には「大和まな」という見た目はホウレン草そっくりの大和野菜が選ばれた。こちらも私は存じあげなかったが、大和野菜の中でも地元奈良では有名なものらしい。じゃあ、茜色の次は緑色? と思いつつ見せてもらうと、まさかの無色透明!
「緑色は、酸に混ぜると茶色に変色するんですよ。それだとどうしても見た目が悪いので、逆に色を除去することにしました」
色にこだわるが故に、なんとも潔い稲熊教授。こちらはリンゴの果汁を加えることで、葉物野菜特有の青臭さを消したという。こうして2015年4月、満を持して瓶入りの「片平あかね」と「大和まな」を使ったサイダーを商品化。同月、春の大学祭「あかね祭」で販売したところ、それぞれ250本以上の売り上げを記録した。この「大和まな」のサイダーも試飲してみたが、こちらは正にリンゴの味! 酸味や苦みはほとんど無く、口の中にはまろやかな甘味が残る。「片平あかね」のサイダーとは対照的に、子どもにも受けそうだ。
ちなみにサイダーの原料となる大和野菜は、稲熊教授自身が生産地へ足を運び、農家の方に直接交渉して仕入れている。始めは怪しんでいた農家の方も、少しずつサイダーが持つ大和野菜発展の可能性に興味を示し、増産などの対応をしてくれるようになった。そうして集めた野菜を、まずは名古屋にある知り合いの野菜処理工場で加工し、それから大阪のサイダー工場で商品として完成させているのだ。
また、このサイダー作りには稲熊教授のゼミ生たちも少なからず関わっている。野菜処理工場では野菜の皮むきを手伝い、サイダー工場では製造ラインを見学してものづくりの現場を体感。初めての販売となった「あかね祭」では、売り子として大いに活躍した。
(上)大和野菜「大和まな」 (下)大和ベジサイダーあかねとまな
これまでサイダーの中身について聞いてきたが、商品としてもう一つ重要な要素である、ネーミングやラベルデザインにも触れておかなければいけない。これらは同大学文学部文化創造学科の河口充勇准教授の指導の下、学生たちが担当したとのこと。私はそれを聞き稲熊教授のいる学園前キャンパスに別れを告げ、河口准教授と学生たちがいる東生駒キャンパスに足を延ばすことにした。
(後編に続く)